ジャン=ピエール・ジュネ監督作品の中で一番好きな物語り。そう、或る完成度の高い物語りである。
そして既に社会人と成って久しい我が娘が未だ幼い頃、ワタシの胡座の中でちょこんと座り、何回も一緒に観た忘れられない作品でもある。
娘がこの作品を観る時、必ずや"ガボっ"とか"ゲボ〜"とか笑いながら真似をしていたのを思い出す。
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赤と苔緑と漆黒手前の群青色の闇の中で、素晴らしく凝りまくったセット内で物語は進む。
誠に純粋な怪力男と、世界で一番美しいのではないかとさえ感じてしまう美少女との絆が描かれる。
決して堅物な我が国では設定されない、そして何かと世知辛い昨今の世の中では設定しにくい、謂わばフリークス達が蠢く。
そして或る意味で淫らで怪しい演出。然しそれはポルノではなく、子供と一緒に鑑賞可能な世界なのだ。
実際は子供心を忘れがちな大人達に向けたお伽噺。或いは魔法がかった紙芝居の様な…
入り組んだセットの中で、主人公達と共にワタシ達観る側も、永遠に脱出出来ないかの迷路に嵌まり込んでゆく。
この美術感覚が肌に合わない者は置いてきぼりを喰らい、白けてしまうだろう。
あくまで三拍子の迷宮音楽。
徹底した退廃的な凝り方の美術。
演技を訓練した大人には誰一人として真似出来ないであろう、幼子達それぞれの活躍。
そして何より、『薔薇の名前』に於いても主人公達より強い印象を残す怪優ロン・パールマンのThe 快演!
そして一説に依れば、本作のみで映画界から離れたという伝説の美少女…
瞼を閉じれば今も直ぐ、暗い大海の上を揺蕩う小さなボートに、二人(正確にはゲップする赤ちゃん入れて三人かな)が乗っている絵が浮かんでくる。
この作品は或る表現をするならば端っこに在る。端っこで輝いている。
併しそれはデジタルな光ではない。あくまでアナログな、どこか温かく優しい光だ。
生涯に渡って時々観たくなるお伽話、己の一つのバロメーターでもある気がするのだった。